院長ブログ
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大局観(たいきょくかん)

2020.7.17



 雑談です。「大局観」とは物事全体を広く見渡して判断することを指し、主に将棋の世界で使われる言葉です。将棋のプロ棋士同士は実力がとても拮抗しているため、大局観の差が勝敗を分けることがあるそうです。捉えどころのない言葉ですが、将棋は盤上の駒の配置だけでなく自分の直観を含めて総合的に決断を下す、ということだと個人的に解釈しています。私は将棋のルールを知っている程度の素人ですが、息子が将棋教室に通いはじめた縁で一緒に勉強しています。正直に言うと早々に小学生の息子に歯が立たなくなってしまったので、父親の威厳をかけての挑戦です。

 将棋の原型は平安時代に既に存在していたということですから、歴史に裏打ちされた繊細且つ巧妙なシステムは多くの人を引き付けます。将棋の序盤戦では定跡(じょうせき)と呼ばれる攻守の型があり、王将を金銀で守る囲いや攻撃の要である飛車の位置を決める戦法などがそれに当たります。定跡を知らないと序盤戦でいきなり劣勢に立たされ、反撃の糸口もつかめないまま負かされます。序盤が過ぎ中盤戦以降になると一手のミスが勝敗を分けます。お互いが常に最善手(最も手堅い一手)を狙って指すのですが、候補手が多いために悪手(ミスになる一手)が出ます。将棋を勉強すると悪手は減りますがゼロにはなりません。敗北の怖さを感じながらも、勇気をもって決断することが求められます。大局観は決断に迷った時にふと我に返る「自分から少し離れた視点」のようなものかもしれません。

 仕事でも似たような感覚を覚えることがあります。診療は事前にいくら勉強しても、どんなに最先端機器で検査を重ねて治療しても、目的とする結果が必ず得られるとは限りません。その中で家族にとって重要な判断を行っていくのは時に怖さも感じますが、最善手を手繰り寄せるためには先入観に縛られず全体の状況を総合的に考えることが重要である、と常々感じています。

 診療における総合判断の感覚は大局観と似ている?と考えながら、どんどん遠ざかっていく息子の背中を追いかけています。まずは定跡の勉強ですが、柔軟性を失った頭のせいか上達がイメージよりもずっと遅いのです。