院長ブログ
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動物の死と獣医療

2019.8.16

 私は長く犬猫の腫瘍内科医をやっておりました。腫瘍内科とは主に末期がんの患者さんの緩和治療を行う科ですので、これまでに多くの動物の死に立ち会ってきました。それは時にご自宅での安楽死処置や入院中の看取りなど様々な場面があり、そこで私は治癒が極めて困難な病に侵された愛犬・愛猫の厳しい現実に対峙された御家族の姿を多く目にしてきました。その経験から私は家庭動物にとって最良の最期とは一体どのようなものなのか?について考えるに至り、自分の生涯の研究テーマに「終末期獣医療の在り方」を位置づけるようになりました。その問いに返す普遍的な言葉は未だに見出せずにおりますが、今の私なりの表現としてここに記述いたします。

 私が過去に行ったアンケートでは、飼育しているペットを子供あるいは家族であると回答された飼い主様は実に90% 以上という結果でした。抽出した集団に偏りがあることを考慮しても、この数字は決して高すぎるものではないと考えます。大切な存在を失う喪失感は耐え難い苦しみを伴い、治癒するのであればどんなことでもしてあげたいと皆様が願われていたであろうことを想像する度に、我々は獣医学の限界を思い知ります。当該アンケートに対して丁寧に回答いただいた飼い主様のお一人が私に手紙を同封してくれました。その一文には、「愛犬に関する唯一の後悔は、最期の時間を穏やかな心と笑顔で接してあげられなかったことです」と記されていました。その方はリンパ腫という全身性の悪性腫瘍で愛犬を亡くされましたが、同時に御自身が決断した治療方針にいつも迷っておられた様子が書き綴られていました。状況は異なれども、この種の迷いは多くの飼い主様が体験されることではないかと感じます。もっと長く生きていて欲しいと願う反面、治療によって苦しい時間を長くしてしまっているのではないか?もっと生きたいと思っているかもしれないのに、治療を止めていいのだろうか?他の選択肢はなかったのだろうか?全てに納得して決断を下すことはやはり難しく、後悔を減らすことはできてもゼロにすることはできません。

 我々獣医師にできることは、根拠に基づいた未来の予測をできる限り正確にお伝えし、飼い主様の決断をサポートすることだと考えます。私の個人的な感覚として、日常を共に過ごされている飼い主様の判断が結果的に最も動物のメリットに直結している場合が多いと感じることが多々あります。したがって、闘病中であっても深い愛情を注がれた日々を慈しみ、どうか御自身の決断を信じていただきたいと思います。正解は元より存在しないのですから。

 動物医療に携わる我々は、愛犬・愛猫と過ごした時間が残された家族の生きる力に変わることを望みながら終末期獣医療に取り組みます。この社会においても、動物を亡くした人の強い喪失感に対して、優しい目が向けられるようになることを願います。合掌。

このブログは当院長が気の向くままに書き連ねる情報発信の場です。様々な立場の方々に広く興味をもっていただける内容を目指して、日々心のアンテナを張っていきます。

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