院長の独り言
モノを置く手
春は動物病院の繁忙期です。診療に関する業務負荷にだけは耐性がある院長も、この時期は疲労に伴うパフォーマンスの低下には気を遣います。経験上、私は頭が疲れてくると、このようなブログの文章の素案が浮かばなくなってきます。まさに、三宅香帆さん著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のライティング版です。頭が思考を拒否している感覚に陥ります。
このような疲労感は、診察におけるホスピタリティの低下やケアレスミスを増加させます。そこで、「モノを置く手」とは、忙しい時期の自分の疲労感を計測するために、私が意識して仕事中に時々行っていることです。
私は、その時の仕事の細部のクオリティは、何か物をどこかに置く時の「手つき」に現れると考えています。例えば、処置や手術中に使い終わった器具を台に置く時、その動作の最後の一瞬まで意識を残しておける状態は、視野の広さと相関していると感じます。慢性的な強い疲労は、自分の行動の区切りを曖昧にし、意識が今の行動が終わる前に次の行動に素早く向いてしまい、思考の深みを失わせ、動作から繊細さを奪います。
私は自分の状態を知るために、仕事中は時々、わざとモノをゆっくり置いてみます。そうやって思考のスピードを落とすことは、冷静な思考状態を確保するうえで不可欠であり、忙しい時ほど重要になってきます。しかし、今書いてきたブログの文章にはシンプルさがなく、言葉が抽象的で、やや無理をして思考している感じが読み取れます。やはり今の私は疲れているのだと認識し、キーボードを意識的に優しく打って終わります。