犬のレプトスピラ症
先日、当院で犬に重篤な症状を引き起こす細菌感染症である「レプトスピラ症」が確認されました。情報提供と記録のため、ここに記します。
犬のレプトスピラ症の原因はレプトスピラという細長いコイル状の形態を示す細菌で、温帯地域を中心に世界中に広く分布し、人や犬猫を含む多くの哺乳類に病原性を示します。レプトスピラはネズミなど野生動物の腎臓に保菌され、尿を介して野外に排出されます。排出された菌は特に水中で数週から数ヶ月間の感染性を保持し、主に菌で汚染された水の偶発的接触によって哺乳類に感染すると考えられています。このような水を介する伝播は水系感染症と呼ばれ、過去には海外で大雨に伴う洪水後にレプトスピラ症のアウトブレイクが発生した事例報告があります。日本国内でも毎年のように散発的な発生が確認されており、中でも高知県は人のレプトスピラ症の発生が多い県として知られています。
犬における感染から発症までの潜伏期間は平均およそ7日とされますが、種々の要因によってその期間は変動します。また、犬に感染が成立したとしても多くは無症状~軽度の発熱のみで軽快する一方で、重症化する稀な例では多臓器不全や出血傾向を認め、その致死率は50%以上という報告もあります。治療については早期の抗生物質の投与が重要とされています(Jane E. S著 Canine and Feline Infectious Diseasesより)。
詳細な因果関係は不明ですが、当院で診断されたレプトスピラ症罹患犬は発症の2週間前に仁淀川で水浴びをしたとのことでした。受診時から原因不明の黄疸と食欲不振が認められた以外は臨床症状を欠き、そこから数日の経過で瞬く間に重症化して死に至りました(図1,2)。レプトスピラ症の診断は死後に確定し、生前の尿サンプルからレプトスピラの遺伝子断片が検出されました。
当該犬はレプトスピラに対する2価ワクチン(国内で主要な2種の血清型に対するワクチン)を発症する5ヶ月前に接種しておりましたが、発症して死の転帰を辿りました。その背景には、レプトスピラ症の予防には細菌の血清型に合致したワクチンでなければ効果が限定されるという悩ましい問題があります。血清型別とは菌体成分に依存した病原性による分類であり、日本国内の犬では主要な2種の血清型(Canicola, Icterohaemorrhagiae)に加えて、他に複数の血清型の感染が確認されています(国立感染症研究所2016年データより)。国内で入手可能なレプトスピラ不活化ワクチンの血清型別の種類は限られており、全ての型をカバーしきれていないのが現状です。しかし、現状ではワクチン以外にレプトスピラ症を予防する有効な方法は存在しないため、犬とのアクティブなフィールドワーク(キャンプやハイキング、川遊びなど)を共有する家庭では、犬へのワクチン接種は依然として推奨されます。
動物病院では昔より重篤な感染症に遭遇する機会は減っていますが、やはりまだ身近に存在していることを改めて実感した次第です。得られた知見を反芻し、今後の診療に活かしていきたいと思います。亡くなった犬の冥福をお祈りいたします。

図1. レプトスピラ症による粘膜の黄色変化(黄疸)

図2. 血液を固めて止血する能力が低下して生じる内出血(紫斑)