顧客最適の追究という話
動物病院といえども、一般的な医療機器のベースは人医療と同じものを使用していますので、それなりに高価なものがあります。今年は開業時からお世話になっている、レントゲン画像の閲覧用パソコンを新調する予定があり、当院の業務形態に合った機器のスペックや仕様を考えておりました。うちで使用しているレントゲン画像解析ソフトは某大手企業が手掛ける獣医療向けの製品ですが、見積もりは必ずと言ってよいほど当院の規模感に合わない過剰な構成で返ってきます。製品が高価なのは費用対効果の問題で仕方ないことだとしても、当院には必要性が低い(と思われる)周辺機器を追加される点にはどうも納得がいかず、モヤモヤした感覚がいつも拭えません。営業の方に機器導入の妥当性について質問しても、どうも説明がかみ合いません。
この意識の差がなぜ生まれるのかについて考えていたら、営業の方は自身の提案を最適だと信じているために起こるものではないか?と思うようになりました。私としては、なぜ顧客にとっての最適解(顧客最適)を伴走して追究してくれないのか?と感じるのです。「顧客最適」という概念については、私も仕事を通して意識することがある考え方の一つです。
顧客最適を全体最適より優先させると、途端に事業の目的である利益追求に逆行する結果になることがしばしばあるので、上述した営業の方の行動原理の一端が理解されます。つまり、顧客最適には多くの時間と労力がかかる一方で、総じて収益性が高まることは少なく、さらに最適化に費やした労力は顧客には見えにくいものになります。
「顧客にとっての最適が事業にとっての最適とは限らない」という構造は、動物医療でも同じことが成り立つように感じます。我々が飼い主様にとっての最適を追究するほど時間と労力が投入され、結果として再現性の低下と属人化が進み、全体のパフォーマンスは不安定になるでしょう。診療の個別最適化は一つの理想形であり、それぞれの家族にとっての最善を提供したいという思いは私の獣医師としての信念でもあります。一方で、経営者として全体最適も考えなければならない立場にあることに悩みは尽きません。
某大手企業とのやり取りから今回の着想を得ましたが、これは最適をどちらに振るのが正しいか、という単純な二項対立の話ではなく、どのような仕事を我々が選択するのか、という自分への問いだと気付いたことで、自分の判断基準を模索する道標になった、という話で終わります。
某大手企業とのやり取りから今回の着想を得ましたが、これは最適をどちらに振るのが正しいか、という単純な二項対立の話ではなく、どのような仕事を我々が選択するのか、という自分への問いだと気付いたことで、自分の判断基準を模索する道標になった、という話で終わります。